公開日: 2025年10月20日
お湯を沸かした時に鍋底から立ち上る気泡。水を電気分解したときに生じる水素や酸素の泡。私たちの生活の中には、固体・液体・気体の3つの相が混じり合った流れ「混相流」という現象が数多く存在します。この一見身近な現象が、実は原子力や天然ガス輸送、水素エネルギーといった社会の基盤を支える技術の裏側に深く関わっているのです。しかし、それら「混相流」の振る舞いを数式で捉え、設計や運転に使える精度で予測するのは容易ではありません。より安全で、より高効率なエネルギーシステムの設計のために、AIを味方にした「混相流」の可視化とモデリングの研究を紹介します。
混相流を解きほぐす可視化とモデリングの二刀流
私の研究内容は混相流の可視化とモデリングです。私たちの身の回りには固体・液体・気体の3つの相が存在し、それらが混じり合った流れを「混相流」といいます。その中でも私は、気体と液体が混合した流れ「気液二相流」を専門としています。鍋の水が沸騰し、底から生まれた気泡が合体・分裂しながら上昇していくーーあの身近な現象の背後には、界面張力や圧力、流速などがせめぎ合う複雑な物理が隠れています。液体の中に気泡が混在する流れは「気液二相流」の一つになります。
そして、エネルギー問題に関連する気液二相流のダイナミクスを解明して、より安全に、より高効率にエネルギーシステムを運用していこうとするのが私の研究の大きな目的です。そのためには可視化とモデリングの2つのアプローチが必須になります。
まずは、流れの可視化を行います。高速度カメラなどで一連の流れを観察し、気泡がどのように生成・合体・分裂し、最終的に液体から離脱していくのかを丁寧に捉えます。次に、その観察から読み取れる物理メカニズムを考え、数式へと落とし込みます。これがモデリングです。定式化したモデルは計算コードに組み込まれ、設計や安全解析の場で実際に役立てていきます。これが研究の一連の流れになっています。

混相流との出会いとアメリカで得た刺激
混相流との出会いは、米国パデュー大学での学生生活を送っていた頃にさかのぼります。次世代エネルギーに関わりたい思いから志願した燃料電池の研究室で与えられたテーマが、セル内部の二相流のモデリングでした。これが二相流・混相流に踏み込む入口となり、その後、日本人の指導教員のもとで博士課程に進むなかで、二相流の難しさと奥深さにすっかり魅了されました。気体と液体というシンプルな、身近にある現象ですが、それに魅せられてしまいました。
アメリカの研究文化から得た刺激も大きいものでした。講義は朝7時半に始まり、教授も学生も早朝から研究室に集う。私自身も朝の時間を大切にする習慣を身につけ、静かな時間帯に論文執筆や図面作成を進めるようになりました。教授や機械工の方に相談するのも朝の時間帯がうまくいく。朝の時間に地道にコツコツ導いた式がドクター論文のメインテーマになり、アメリカ仕込みの生活リズムから得た一つの成功体験になっています。

AI時代の新たな混相流研究
近年のAI、とりわけ機械学習や深層学習の進展は、混相流研究を含む熱流動全般の研究の世界を変えつつあります。基礎的な実感からモデリングを行って、数式をコードなどに埋め込んで産業に応用するーー従来の研究の一連の流れが変わる可能性を十分に秘めています。
私たちの研究室でも、AIによる深層学習等を用いて気液二相流のダイナミクスというものを機械の目から見てみようといった取り組みを行っています。二相流の流れはその見た目のパターンや形態に合わせて、流動様式というもので分類されます。流れの入り口での流量やシステムの圧力・温度によってどのような流れが現れるかは、過去の研究成果により定義された流動様式線図によって判断されます。そして、それぞれの流動様式に合った相関式や構成方程式を使って問題を解いていきます。従来まではこのような手順が広く使われてきました。しかし、この流動様式線図は人の目による分類と経験的な部分に依存しており、本当に正しいものかは分かりません。また、それぞれの流動様式の境界 (流動様式線図上の境界線近傍) をどのように解釈すればいいのか、高速度カメラで撮影した二相流動画を畳み込みニューラルネットワーク (CNN) で分類し、曖昧な境界の置き方を洗い直しています。
AIがどこに注目して識別しているか、ヒートマップで表してみると、AIは気液界面 (気体と液体の境目) よりも気体や液体の連続相のパターンに着目して識別していることがわかりました。人間がモデルを立てる際も、気液界面は非連続的で数学的に大変難しいため、平均化で丸めてきた部分でした。AIも人間と同じように気液界面を無視して連続相を見て判断するという点が発見できたことはなかなか面白いと思っています。AIは今までセンサー等で抽出してきた数値をすぐに取得できたり、気泡の出現や消滅が同時に起こる場合でもうまく気泡をトラッキングできたりと、不得意な部分はあるものの、有用なツールとして使えるのではないかと期待しています。

生成AIがもたらす新たな目
高速度カメラや精密センサーで現象そのものを捉える可視化は、混相流研究の出発点です。ただし、流量や圧力など条件を一つ変えるたびに装置を組み直し、長時間の撮影と膨大なラベリングを繰り返すのは人的・時間的コストが大きい。そこで近年、生成AI――とりわけGAN(敵対的生成ネットワーク)に代表される技術が、研究のもう一つの「目」として存在感を増しています。GANは画像生成に長けたAIで、GANの生成した流れの画像が高速度カメラの画像等を置き換える時代が来るのではないかと考えています。実際に生成された画像は人の目では本物と見分けがつかないレベルに近づきつつあり、物理的にも整合の取れる結果を出します。良いデータは人間にしか取れないと私は思っているので、このようなツールが実験を代替するようなことはないとは思いますが、それを補完するという役割を十分担えるのではないかと思い、非常に注目しています。生成AIは実験の代替ではなく、条件探索の射程を広げる補助眼として機能することを期待します。
また、二相流の研究の応用先となる原子力の安全性向上の文脈では、AIによる深層学習や生成AIによる補助眼が安全解析を支える可能性に注目しています。安全解析コードは多数の構成方程式を連立させるため計算が重く、大変時間がかかります。計算モデルを解くにあたって、深層学習や生成AI技術で補完して、より早く、ブレのない計算ができるようになると業務の効率化につながります。より安全に、より高効率に運用していくという側面でAIの応用は期待が持てるのではないかと考えています。
もちろん、「AIが出す答えを我々は鵜呑みにしていいか」など、まだ議論の余地は残っています。業界でもAIを今後どのように使っていくのかというコンセンサスが得られていないので、今後学会標準などの整備が不可欠になります。変革期に立つ今、私たちは「実験で現象を見切る目」に加え、「深層学習で特徴を掴む目」「生成AIで仮想空間を探索する目」の三眼で、混相流の理解や応用を前に進めています。

産学連携で磨く実践力、インターナショナルな研究室文化
二相流の研究を社会に実装するために、日本のメーカーさんなどと二相流をテーマにした共同研究をいくつか行っています。この共同研究から得られる学びも非常に多く、実際に企業側にあるニーズから研究がスタートすることもあります。実際のエンジニアの方々と接することで、「こういったことが問題になっているのか」「こういうアプローチもあるのか」という学びを得ることができます。できる限り企業の方とタッグを組んで、お互いの成果を共有し、設計等の支援になるような形で成果を社会に実装していきたいと思っています。
また、学会や論文での発表を積極的に行い、成果を共有するのも1つの役割であると考えています。研究室の学生には積極的に学会発表や論文発表をするように声をかけています。仮に目に見える成果が出なくとも、数年経った後に忘れてしまわないように、内部レポートとして必ず書き残すことも大切です。アウトプットで区切りをつける習慣は、私がアメリカ時代の指導教員から学んだ研究の作法でもあります。
研究室は国際色豊かで、言語は基本英語です。コアタイムや細かな管理は設けず、成果で評価するのみの自由なスタイルにしています。各自の裁量を尊重しつつ、週1回のオンラインゼミでは30分のロングプレゼンで進捗を丁寧に共有する時間と、全員が1分報告で近況を刻む時間をとっています。良い結果が出た学生には国際学会での発表を後押しします。日本人の学生にも積極的に英語で話すことに慣れてもらうため、歓迎会などで留学生と交流を持つ機会を作っています。

定説を疑って実現象をみる
私の研究は、どういった経緯でそれがスタンダードになっているのか徹底的に調べるところから始まります。定説を疑うのです。今まで積み上げてきた研究成果も、人間が行ったものであるため、詰めが甘い部分は少なからずあるものだと思います。ディファクトスタンダードに使われる校正式には、理由が曖昧なまま踏襲されてるものも少なくはありません。まずは疑い、穴を探します。
そして、机上の議論だけで終わらせず、必ず生の現象と向き合うことも大切にしています。データ解析やAIによる深層学習などをやっているとどうしてもパソコンと向き合う時間が多くなりがちです。私たちの研究室は実験室も持っていますので、実験ループを自分の手で動かし、気泡が生まれ、合体し、消えていく一瞬を高速度カメラの奥で、そして自分の眼で確かめる。実現象を見つつ解析を行うという姿勢は忘れてはならないものだと思います。実際、気泡が発生し、合体する様子などを見ていると、「不思議だなあ」という初心を駆り立てられるものがあります。

研究は「山登り」のよう
研究はしばしば山登りに喩えられます。九合目に至るまでの九割は苦しい――申請を書き、装置を整え、何度も失敗を重ね、思うようなデータは最初から決して現れない。週末もこもって和気あいあいとデータを積み上げる日もあれば、何をやってもうまくいかずフラストレーションが募る時期もあります。それでも歩みを止めず地道に積み重ねていくと、ある日ふっと視界が開ける瞬間が訪れます。頂上ではなくともブレークポイントが見えた時の小さな歓喜こそが、次の一歩を踏み出させる原動力です。

E&Eで学ぶ、原子力で応える
エネルギーと環境という人類の最前線課題に真正面から取り組める―ことがE&Eコースの最大の魅力です。原子力から再生可能エネルギー、資源までを横断し、多角的にエネルギー問題に取り組める学科は貴重なものです。日本の大学の強みである基礎研究の土壌も健在で、地道にコツコツと仮説を磨く環境が残っているのは大きなアドバンテージです。研究で得た成果がそのままキャリアに繋がらなくとも、研究を通して得た気づきや物事の見方、調べ方は生涯使える道具になるはずです。E&Eの先生方は専門分野が幅広く、非常にフレンドリーな方が多いので、早い段階で研究室を訪ね、興味のアンテナを伸ばしてほしいと思います。
その姿勢を支えるキーワードは「まずやってみる」。若いうちの失敗は最高の教材で、挑戦の数だけ発見が増えます。研究も課外活動も、幅広くトライして自分に合うテーマを見つけてください。
一方、分野全体では、現実的な課題が横たわっています。原子力では人材継承が課題で、日本に限らず世界中で世代交代の渦中にある今、どう技術と知恵を次世代へ手渡すかが問われています。また、世界のエネルギー問題を解決する上で、原子力分野では何をどういった形で社会に役立てていくのか見えていない部分があります。業界全体で、どういった方向性で研究開発を行っていくのか、世代交代の渦中で明確なリーダーシップが存在せず難しい局面に位置しています。国際的にはアメリカが多様なセクターへ積極投資し主導権を握る場面も目立ちますが、日本も遅れを取らぬよう、分野を盛り上げていく必要があります。私たちもそういったことに微力ながら貢献できればと考えています。
だからこそ、E&Eで鍛えたシステムの眼と粘り強い基礎力、そして失敗から学ぶ胆力が生きてきます。これらは必ず社会を動かす力になります。もしあなたが研究者や原子力の道を志すなら、我々と一緒に研究できることを楽しみにしています。また、分野全体で前に進むための一歩を共に踏み出せる日を楽しみにしています。