公開日: 2025年08月12日
カーボンニュートラルを実現するためには、CO2排出の抑制が不可欠なだけではなく、エネルギーの安定供給の実現も大変重要です。これらを両立させるためには、多種多様なエネルギー技術を総合的に考慮した上で、最適なエネルギー利用のあり方を考えることが必要になります。しかし、無数のエネルギー技術を包括的に考慮してエネルギーシステム全体を評価することは容易ではありません。どのように最適なエネルギー利用を考えれば良いのでしょうか?巨大スケールでのエネルギーシステムの数値シミュレーションの世界を少し覗いてみましょう。
「3Eの均衡」を追求するシミュレーション
私の研究の関心は、エネルギーシステムや電力システムに関する数値シミュレーションにあります。現代社会が直面している「エネルギーの安定供給(Energy security)」「環境負荷の低減(Environment)」「経済性の確保(Economy)」――いわゆる「3E」をバランスよく同時に実現する最適解を求めることが、研究の核心的な部分です。
大学院時代からこれまで一貫して、エネルギーシステムや電力システムの最適化を対象として、数理モデリングと解析に取り組んでいます。博士課程を経て、民間の研究機関ではマクロ経済モデルを用いたエネルギー需給予測や政策評価に従事し、エネルギーシステムに関する理論と現実を往復しながら自らの視野を広げてきました。
現在は、数理計画法をベースにした最適化型モデルを構築し、全国レベルや世界レベルでのエネルギー需給構造を、時間軸や空間軸の両面から高解像度で分析しています。モデルには、一例として、太陽光や風力などの再生可能エネルギーや原子力、火力、合成燃料製造、エネルギー貯蔵、CCUS技術、EVほか次世代自動車など多様な技術の特性を織り込みつつ、エネルギー需要の時間変動や地域差、送電線などエネルギーインフラの制約、さらには燃料コストやCO₂排出制約といった社会的・経済的条件を反映しています。
研究のプロセスは、大まかに2つの段階から構成されます。エネルギー・電力システムを数理的にモデル化する段階と、それをコンピューター上で数値シミュレーションし、最適化を行う段階です。「最適化」とは、数理計画法を用いて、コスト最小化や効用最大化といった評価基準の下、システム全体での技術の最適な組み合わせを計算する手法のことです。
このアプローチの特長は、世の中にある無数のエネルギー関連技術を俯瞰し、それらを可能な限りモデルに組み込むことで、エネルギーシステム全体の最適な構成である「ベストミックス」を提示できる点にあります。個別技術を評価するのではなく、システム全体の構造として最も合理的な解を、中立的な数値シミュレーションを通じて明らかにする。このような視点が、持続可能な社会を考える上で有益な示唆を与えるのではないかと考えています。

多様なエネルギー技術を統合する数理モデリング
エネルギー関連技術は多種多様で、その全体像の把握は容易ではありません。それぞれの技術はコストや出力の変動性、設置可能量、稼働率、寿命、燃料種別、社会受容性といった多面的な特性を有しており、単純な比較だけではその本質を捉えることはできません。こうした現実の複雑さを前提に、これまで構築したモデルの一例として、300種類を超えるエネルギー技術を網羅的に取り込んだ数理モデルを構築しています。
モデルでは各技術の性能やコストに加え、地理的な導入制約やインフラ整備、環境制約などの要素も定量化、定式化してモデリングを行っています。そして、無数の技術の組み合わせを計算機上で探索することで、ベストミックスを導き出します。
このモデルは単なる従来技術の解析にとどまらず、水素、CCUS(炭素回収・利用・貯留)、合成燃料、カーボンリサイクルなど、多様な次世代エネルギー技術やエネルギーキャリアの評価にも対応可能です。このような包括的な分析を通じて、将来のカーボンニュートラル実現に向けたシナリオの設計に貢献しています。ベストミックスの構築とその社会実装は、持続的な社会を実現する上で大切な要素と考えています。

大規模数理モデルが拓く可能性
最近の研究で、日本全体の電力システムを対象とした大規模モデルを構築し、解析に成功しました。このモデルでは、送電線1,000本以上、ノード数も1,000を超え、年間8,760時間での一年間全体をカバーしたシミュレーションが可能です。この規模のモデルを実際に運用できるかは未知数でしたが、実際に数値計算を実行してみると、日本の電力系統全体を精緻に再現した電力モデルのもとで最適解を得ることができました。私が知る限り、これほど大規模なモデルで年間8,760時間でのシミュレーションを行った事例は世界的にもほとんど例がなく、有意義な経験となりました。得られた結果は、日本全体としての電源ベストミックスに関する有益な示唆を提供するものであり、実務的にも価値ある知見を含んでいると思っております。
またこれまで、このような精緻な電力システム分析の知見も生かして、電力・非電力部門を含めた日本のエネルギーシステム全体を対象に、カーボンニュートラル実現に向けたエネルギーシステム全体でのCO2削減戦略に関しても研究を進めています。こうした成果を通じて、エネルギー政策などに貢献していきたいと考えています。

「学問から実装」への架け橋
学術的な理論構築に加え、社会への応用も意識した研究も進めています。私が構築に関わる数理モデルの特長は、エネルギー政策や技術導入に関する多様な仮説を、データと計算によって検証可能な形に落とし込める点にあります。このようなモデルとシミュレーションを通した定量的な評価は、政策決定や制度設計の重要な根拠になるものと考えています。
また、エネルギーシステムのモデリング研究は、企業との連携につながるケースもあります。近年は脱炭素や電力の安定供給といった社会的関心の高まりを背景に、私の行っているシステム分析に対するニーズも増しているように思っています。発表した研究成果に対して、企業の方々から具体的なご相談をいただくこともあり、そうしたやり取りが共同研究へと発展するケースもあり、研究成果を社会実装へとつなぐ接点であると感じています。企業の方々とディスカッションする中で、研究が社会でどのように役立つのかを実感する機会にもなっており、社会とのつながりを意識した実践的な思考も大切にしています。
一方、エネルギーモデルを構築する上で、社会受容性などの数理的にモデリングしにくい要素を忘れてはなりません。例えば原子力や再エネの導入には、技術の整備だけでなく、安全性に対する社会の理解や、技術に対する信頼性の確保が不可欠です。社会受容性や合意形成は数理モデルでは扱いにくい要素ですが、可能かどうかはまだ定かではありませんが、将来的には社会科学的な視点も考慮に入れた統合的なモデルが必要になる可能性もあるのではないかと考えています。
中立的な視点と研究の醍醐味
私が研究を進める上で大切にしているのは、「中立的な視点」です。エネルギーシステム全体を俯瞰してベストミックスを議論する上で、特定の技術や立場に偏らない中立的な評価が大切であると考えております。例えば、再生可能エネルギーのみを大量に導入すれば良いという主張もありますが、実際に数値シミュレーションを行うと、過剰な導入により電力価格が高騰する可能性があることが分かる場合もあります。電力価格の上昇は社会経済にも影響を及ぼすため、環境と経済を中立的立場からバランスよく考慮することが重要になります。
また、実際の研究においては、あらかじめ想定していなかった結果が得られることもしばしばあります。大規模な数理モデルをコンピューターで解く中で、予想外の技術が重要な役割を担うのではないかとの示唆を得ることもあります。こうした思いがけない瞬間に立ち会ったとき、エネルギーシステム分析の研究者としての醍醐味を感じています。

失敗より学んだ教訓
また、私が研究を進める上で、学部時代の研究の失敗経験も役に立っていると感じています。私はもともと電気電子情報系の出身で、卒業論文では半導体レーザーの実験に取り組んでいましたが、当時は失敗の連続でした。実験がうまくいかず、何度も原因を突き止めようと試行錯誤する中で、冷静に状況を観察し、根気強く課題に向き合う姿勢が身についたのだと思います。
現在取り組む数理モデル研究でも、構築したモデルが思い通りに動かない場面は少なくありません。そのような場面に直面した際、当時の経験が活きているようにも思います。失敗を繰り返すことで得られた忍耐力が、研究を進めて成果につなげる力になっているのではないかと感じています。
E&Eコースと研究室の学びのかたち
E&E(エネルギー・環境システム)コースは、エネルギーや環境を巡る課題を全体的に俯瞰できる視点を養うことを重視した、実践的な教育カリキュラムを提供しています。特定の技術分野に偏らず、広い視野でエネルギー問題に取り組みたいと考える学生には、ぜひおすすめしたいと考えています。
私の研究室では、学生一人ひとりにデスクトップPCを提供し、日々の研究活動を支援しています。しかし、扱う数理モデルの規模が大きいため、各自の個人用PCでは計算が十分に実行できないため、研究室内の計算サーバにアクセスし、数値シミュレーションを実行することで、高度なエネルギーシステム分析を行っています。そして、日常的に研究について打ち合わせを行い、学生各自が自身の研究を深め、成長できる研究環境の提供を心がけています。