公開日: 2025年08月31日
地球表面の約7割を占める海洋は気候変動の緩和や食料の安定供給など、多様な社会課題と深く結びつく、我々人類にとって非常に重要な場所です。最近では、洋上風力発電など、最先端の再生可能エネルギーを生み出す場にもなっています。しかし、このような海の恵みを持続的に利用していくためには、海の環境や生態系への配慮を忘れてはなりません。利用と保全のバランスを図った、持続可能な海洋開発について考えていきます。
海の恵みをつなぐ技術
海は人類にとって不可欠な場所です。地球の気候を調整する機能を持つと同時に、様々な生態系サービスを私たちに提供してくれます。そして、海や生態系の恩恵を持続的に享受していくためには、技術の発展と生態系の保全を両立させることが重要です。生態系の持つ多様な機能をできる限り保全するとともに、劣化した生態系の修復、望ましい生態系の積極的な創出を図ることが必要なのです。
私たちの研究室では、人間活動の生態系への影響、生態系の保全・修復・創造技術、生態系の変化と社会システムの関連を解析・評価するための研究を行っています。具体的には海の流れや生態系、さらには社会経済システム等をモデリングし、コンピュータ上で数値シミュレーションを行います。これによって、人間活動によって物質循環がどう変わるのか、海の環境に将来どのような変化が起こるのか、逆に海洋を利用することで社会や経済にどのような変化が起こるのかを予測・分析しています。
また、あまり馴染みのない海での活動や海の自然環境を扱っているため、海洋技術の実装には様々な立場の人が様々な意見を抱くことになります。例えば、洋上風力発電をこれから大規模に展開していくことに対して、カーボンニュートラルの観点から推進する意見を持つ人や、逆に海洋環境を守るために危惧する意見を持つ人もいます。そのため、様々な利害関係者(ステークホルダー)とコミュニケーションをとりながら、社会実装を進めていく必要があります。
企業や国、地方自治体と協力し、様々なことを考慮しながら研究や実装を進めています。「海の恵みを持続的に利用する」。その実現に向けて、私たちは日々挑戦を続けています。
新領域「海洋環境システム学」を切り拓く
私は学生時代、システム創成学科の前身である工学部船舶工学科に所属していました。当初は海洋構造物の設計のための研究など、海との物理的な関わりを対象とした研究に打ち込んでいました。しかし、大学院進学のタイミングで指導教員から「海の環境問題にも取り組んでみないか」と漠然と提案されたことが転機となりました。元々環境には興味があり、そこから手探りで海の環境に関する研究を進めていきました。工学部であったことから、我々人間が海を利用する際の環境への影響という観点で、何か役に立つことはないかと思い、この分野を拓くことになりました。
そこから、現地における観測や実験と数値モデルによるシミュレーションの両方のアプローチから研究を進めていきました。特に、海洋環境変動のメカニズムを把握したり将来の環境変動を予測したりするためには、数値モデルによるアプローチが不可欠です。工学部で培った流体力学やモデリングの知識を活かしながら、沿岸域の現象に対するモデルの再現性の検討や高精度化、さらにはマルチスケール解析用の海洋モデルを開発しました。この成果は様々な技術や自然現象の解析など、工学から理学まで広い分野での応用が期待できます。
現在では、洋上風力発電や海洋温度差発電などのエネルギー技術の導入が引き起こす物理的な環境や生態系の変化を予測評価する研究にも手を広げています。工学的視点と環境科学的視点の融合により海洋環境システム学という新たな分野を確立に貢献できればと考えています。

洋上風力発電の生態系への影響を調べる
洋上風力発電を拡大させる動きが活発となるいま、海に何もなかった場所へ構造物を設置することが、生物や生態系にどんな影響を与えるのか、そして日本の沿岸において重要な漁業にどんな変化が起きるのかが大きな関心事となっています。現場では、「構造物に魚が集まる」という、いわゆる魚礁効果がよく言われますが、実際にどの程度集まるのか、なぜ集まるのか、どんな魚が集まるのかといった定量的な情報や詳細な情報は十分ではありません。その見える化に挑み、関係者に具体的に説明できる根拠を整えることは非常に重要になります。
海洋生物への影響を調べるためには、水中観測が必要になります。水中観測には光学カメラを使うという選択肢もありますが、海の中では光がすぐに減衰するため、濁りがある場合や夜間の観測は不可能になります。そこで注目したのが音による観測です。初めは魚1匹1匹の動きを捉える高解像度の音響ビデオカメラで観測を行いました。この方法では、細かな魚の動きまで捉えることができますが、視野が狭く、全体の動きを捉えきれませんでした。そこで、視点を切り替えて広い範囲を継続的に見ることのできる音響観測システムを新たに構築しました。
この音響観測システムは、海上で自律運用ができるよう、装置には太陽光パネルを搭載し、電源ケーブルを引かなくても長期観測が可能です。また、通信機能を内蔵し、取得データはリアルタイムで遠隔から収集できます。このシステムによって、構造物の周囲でどんな魚がいつ・どこに・どれくらい集まるのか、滞在時間や密度変化をより広域でモニタリングできる可能性があります。
このシステムによって得られたデータは、経験則を超えた定量的な根拠になります。どの規模の構造物にどんな魚がどれほど集まるのかを数字で示せれば、漁業者を含む多様なステークホルダーに対し、将来起こりうる変化を具体的に説明できます。洋上風力発電という新しい技術を環境と調和させるために、その影響を冷静に、定量的に理解していくことが重要なのです。

海洋深層水の利用の可能性
深層水と表層水の温度差を利用して発電する海洋温度差発電(OTEC)は、クリーンエネルギーの一つとして注目を浴びています。しかし、発電に利用した大量の深層水を放流することによってサンゴ礁やプランクトンなど海洋生態系に影響を与えるリスクが懸念されてきました。深層水は栄養塩が豊富なため、富栄養化への懸念が指摘されているのです。一方で低水温であるOTECからの放流水はサンゴの白化を抑制する効果を及ぼす可能性もあると考えられます。そこで私たちは放流方法を工夫することによって、富栄養化の影響を抑制するのみならず冷却効果の利用可能性について検討しています。
評価に当たっては、候補海域(例えば沖縄周辺)で取得した海域データをもとに、サンゴの分布や海況を反映した数値モデルを構築します。発電所の影響によってどの範囲・どの深さで、どの程度温度低下が起こるのか、サンゴの白化リスクをどの程度抑えられるのかをシミュレーションで検討し、実際の観測データと突き合わせて妥当性を検証します。このデータを取得するために、実際に海へ出てデータを集めるフィールドワークも研究の要となっています。
さらに、深層水の富栄養性と低温安定性を活かした藻場(海草・海藻の群落)の造成にも取り組んでいます。藻場は水質浄化や生物多様性の維持、漁業資源の供給、炭素固定など多面的な役割を担いますが、沿岸開発や環境変化により各地で消失が進んでいます。私たちは、実海域での実験と数値シミュレーションを組み合わせ、深層水の放流の方法や滞留のさせ方、周辺海域への影響について検討を行っています。


専門領域を超えた広い視野を持つ
私が大切にしているのは、「専門領域を超えた広い視野」です。持続可能な海洋利用のためには工学、理学、社会科学など多岐にわたる要素を考慮する必要があり、単一のアプローチでは適切な選択肢は得られません。広い視野を持つことで、その研究が社会にどう貢献できるか、研究の意味合いに対する見え方が変わってくると思います。
研究室では学生が自ら考えを言葉にし、提案し、実行していく過程を重視しています。個々の学生がそれぞれの視野を持ち、研究に取り組むため、時には私の想像もしなかったようなアイデアが生まれることもあります。これこそ、大学で研究する醍醐味です。学生さんが、自分では思いつきもしなかった、面白い提案をしてきてくれた時は本当にワクワクする瞬間です。
新領域を拓く第一歩
E&E(環境・エネルギー)コースの特長は学際性と広い視点にあります。多様な分野の教員が集まり、カリキュラムも「広く物事を見る」ことを前提に設計されています。異なる専門分野を持つ教員陣のもとで環境・エネルギーをめぐる課題を多角的・横断的に捉えることができ、問題設定から解決の道筋までを一体で考える姿勢を身につけることができます。広い視野を持って様々なことに取り組みたい方には非常に良い環境だと思います。
そして、「広く物事を見る」という考え方は、私が所属する新領域創成科学研究科にも共通することです。新たな領域を拓いて社会に貢献する。その第一歩としてE&Eコースでの学びは非常に強力な武器となるでしょう。