公開日: 2025年10月07日
海には、エネルギーと気候変動という大きな問題を解く鍵が眠っています。海の底に眠る資源「メタンハイドレート」や、CO₂をその場でハイドレート化して封じ込める新しい技術「ハイドレートCCS」をキーワードに、海の資源を上手に使いながら、地球環境も守っていく未来の実現を探っていきましょう。
日本の海底に眠る「燃える氷」
ガスハイドレート(クラスレートハイドレート)とは、水分子が水素結合で作るケージ状の構造の中に、メタンなどのガス分子が取り込まれてできた化合物です。この物質は、低温かつ高圧という限られた条件下で安定して存在することが知られており、自然界では主に深海の海底下や永久凍土層の下に大量に存在しています。特にメタンを主成分とするものは「メタンハイドレート」と呼ばれ、氷状の見た目から「燃える氷」とも呼ばれています。
メタンハイドレートの世界全体での資源量は膨大であり、そこに含まれる炭素の総量は、石油・天然ガス・石炭といった従来の化石燃料に含まれる炭素の総量の2倍以上に達すると推定されています。特に日本近海の海底には多くのメタンハイドレートが存在しており、エネルギー資源の乏しい日本にとっては、国産のエネルギーとして大きな期待が寄せられています。
私の研究室では、このメタンハイドレートを安全かつ効率的に開発・生産する技術の確立を目指して、主に次のようなテーマに取り組んでいます。まず、メタンハイドレートの生成と分解の様子を理解すること、次にそのプロセスが海底の堆積物の構造や流体力学的な条件にどのような影響を与えるかを解明することです。これには、マイクロスケールからフィールドスケールに至るまで、多段階での物理現象の解明とモデル化が不可欠となります。
ガスハイドレートに関する分野は、Clarivate社が行った調査において「全科学分野の中で最も注目すべき22の先端研究領域」の一つとして選ばれるなど、国際的にも注目されています。日本はこの分野を牽引しており、東京大学と産業技術総合研究所は、世界のメタンハイドレート研究における中心的存在だと評価されています。

CO₂を固体にして封じ込める、ハイドレートCCS
地球温暖化を抑える国際的に重要な取り組みとして、CCS(Carbon Capture and Storage)という、CO₂回収・貯留技術があります。CCSでは、CO₂を大気中に放出せず、地中深くに隔離することで、温室効果ガス濃度の上昇を抑えることができます。
従来のCCSでは、超臨界状態または液体のCO₂を地中に圧入します。比重の軽いCO₂が地上に上がってこないように、不透水層(キャップロック)で蓋をして貯留することが前提となっています。しかし、日本周辺の地質環境では、適切なキャップロックを持つ貯留サイトが限られているという問題があります。このままでは、将来の大規模なCO₂貯留のニーズに応えることが困難になってしまいます。そこで私たちは、従来のCCSとは異なるアプローチとして、ハイドレートを利用した新たなCO₂貯留技術、「ハイドレートCCS」の研究を進めています。
この手法では、低温高圧の海底でCO₂と海水を反応させ、CO₂ハイドレートを生成します。固体のCO₂ハイドレートは流動性が低く、形成する層が自然にバリア機能を持つため、従来の手法では必要とされていたキャップロック層がなくても安定した隔離が可能になります。このため、これまで適地とはされてこなかったような地層にもCO₂の貯留が可能になり、理論上、日本周辺の貯留ポテンシャルを現状の2倍にまで拡大できると期待しています。
私たちはこの技術の有効性を実証するために、模擬堆積物中でCO₂ハイドレートを生成する実験を行い、その生成過程、分布挙動、物性変化などを詳細に観察・分析しています。

ハイドレートの成長を視る実験
ハイドレートの生成・成長のメカニズムを理解するためには、ミクロスケールでの観察が不可欠です。私たちは、海底の低温・高圧環境を再現できる装置を実験室内に作り、その中でCO₂と水の反応を制御しながら、ハイドレートの生成を誘起・観察するシステムを開発しました。
特に有効なのが、マイクロモデルと呼ばれる実験手法です。これは、シリコンウェハー(シリコン製の板)に細かい流れ道を作り、それをガラス板で挟むことで、地層の詳しい構造を再現した平らな観察装置を作るものです。ここにCO₂と水を流し込み、顕微鏡で反応を追跡することで、ハイドレートの生成過程、成長速度、粒子の形状変化、流動遮断メカニズムなどを定量的に把握することができます。
ある実験では、CO₂よりも緩やかな条件でハイドレートになる物質を使い2か月間にわたり連続して観察を行い、ハイドレートの粒子が徐々に成長し、流路構造が変化する一連のプロセスを記録することに成功しました。この成果は、理論モデルやシミュレーションと実験データが合っていることを確認するための大きな前進となりました。今後はCO₂を使った実験に拡張していく予定です。

ミクロからマクロへ、スケール連結の挑戦
海底下で起こる大規模な現象を理解し、制御するためには、ミクロスケールの物理現象を解き明かすことが鍵となります。たとえば、海底の堆積物の中で二酸化炭素がどのように移動し、反応し、ハイドレート化するかといった過程は、極めて微小なスケールで起きています。こうした現象を顕微鏡レベルで観察し、そのメカニズムを把握することが、最終的にフィールドスケールでの応用につながると考えています。
このような研究を通じて、自然科学的な知見と工学的な設計指針の双方を得ることを目指しています。ミクロな挙動の観測を通じて得られた理解を、マクロな現象の予測やシステム設計へとつなげる。それが、私たちの研究スタイルであり、仮説の出発点でもあります。
このように、実験と数値シミュレーションの両方を駆使し、ミクロとマクロをつなぐ研究は、まさにE&E(Environment and Energy)という学際領域らしいアプローチだと考えています。

社会実装を目指して
研究は、単に学術的な探究にとどまるものではありません。むしろ、実社会への応用、すなわち社会実装こそが最終的なゴールです。そのために、国のプロジェクトや、企業などとの共同研究を積極的に展開しており、技術の実用化に向けた取り組みを進めています。
特にCCSのような技術は、科学的に正しいというだけでは社会に受け入れられません。経済性や社会的受容性といった、いわゆるソシオテクニカルな(社会技術的な)要素も統合的に考慮する必要があるので、自然科学以外のアプローチも積極的に取り入れて研究を進めています。
研究室には、科学実験に取り組む学生だけでなく、CCSの社会的受容や制度設計に興味を持つ学生もおり、社会実装を意識したチームとなっています。
E&Eで出会った未来の資源
私がシステム創成学科E&Eコースに一期生として進学したのは、新しいものに惹かれる性格で「何か新しいところに行きたい」と思っていたからでした。当時、ちょうどインターネットやIT技術が社会を大きく変え始めていた時期で、多くの学生がIT分野に関心を寄せていました。もちろんそれらも魅力的ではありましたが、私は「その次に来るさらに新しいものは何か」を自分なりに考えたときに、環境やエネルギーの課題こそが、自分の求めるテーマなのではないかと考えました。
そんな折に、E&Eコースの設立を知りました。「環境」と「エネルギー」という、自分が追求したいテーマがまさに扱われる。そう知った瞬間、「ここしかない」と直感的に思いました。この選択が、現在の私の研究や教育の原点となっています。
「自分のコピーはつくらない」
私が研究を行ううえで根底にある原動力は「キュリオシティ」、すなわち好奇心です。海底堆積物の中でハイドレートが何百年、何千年もかけて形成されていく過程を少しでも理解できたときはワクワクします。
こうした研究への姿勢において、私が重視しているのは「多角的な視点」です。サイエンスの論理や自然現象への純粋な探究だけでなく、それが社会にどう影響しうるかというエンジニアリング的、あるいは社会科学的な視点も同時に持つことが重要だと考えています。私自身、その時々で視点を切り替えながら、課題に対する柔軟なアプローチを試みています。
この考え方は、学生に接する際の姿勢にもつながっています。私は「自分のコピーは絶対につくらない」ことを教育の基本としています。自分の考えを一気に伝えてしまうのではなくまず学生一人ひとりの意見に耳を傾けることで、対話を通じて新たな発想が生まれることを期待しています。研究室には、科学的な探究に取り組む学生だけでなく、社会実装や制度設計に関心を持つ学生たちも集い、議論を重ねながら学びを深めています。こうした環境の中で、学生たちが多様な視点を持って主体的に取り組んでいくことを願っています。
日本発の価値観と技術を世界の海洋へ
四方を海に囲まれた日本は、豊富な海底資源とCO₂貯留ポテンシャルに恵まれています。しかし、そのポテンシャルを十分に活用できているとは言えません。私は、今後5年や10年のうちに、日本が海洋技術と環境問題対策の分野で、世界に新たな価値観と技術を提案できるようになることを望んでいます。
海をうまく活用することは、日本らしく世界を変える重要な道です。ハイドレートCCSというアイデアは、その象徴とも言える存在だと思います。日本は2030年度までにCCSを社会実装しようとしていますが、ハイドレートCCSは、そうした課題に対する新しい解決策の一つだと思っています。